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- 顕正寺ご住職・中根浩正さま

今回は豊田市にございます顕正寺のご住職、中根浩正様にお話を伺って参りました。
| もくじ |
| ■ 宗派に囚われない、柔軟な思考と精神性 |
― 顕正寺さまの歴史やあらましについてお伺いできますか?
顕正寺の起源は禅宗系で、戦国末期の岩倉城主・戸田又兵衛さんの菩提寺でしたが、後に戸田家が岡崎へ移住した際に、寺だけが取り残され、一度は廃代となります。
その後江戸末期に本願寺の一道法師によって真宗・大谷派の宗派として再興されたと伝えられております。
― そう言えばご住職自身も、お継ぎになるまで紆余曲折を経たと伺いましたが。
はい。顕正寺の先代ご住職の娘さんが嫁入りしてしまい、継ぎ手が不在となってしまいました。
当初は後継予定であった私の兄たちも、継承辞退を仄めかせはじめまして。
私が中学二年頃のある日、義理の祖母がそんな現状を嘆き、
井戸の前で人知れずそっと涙しているのを偶然見てしまいました。
「泣くぐらいなら僕がなってやる!」と言った事がきっかけです。
― ではその後、すぐ修行に?
いえ、その後も大学まで進学しました。兄たちが正式に継承辞退してからですね。
卒業まで待って貰った後、紆余曲折を経て先代の養子として正式な跡継ぎとなりました。
| ■ 手厚く葬る、ということ |
― 「どうぶつのおはか」を建てようとお考えになった経緯を教えて頂いても宜しいですか?
はい。私自身が大学で生態学を専攻していた事も起因いたします。
近年漸く注目され始めましたペットロスの問題に対し何か出来る事がないか考えたのがきっかけです。
人間では初七日、四十九日などといった別離から癒しへの区切りがございます。
しかし、ペットとの別離に対しては傷付いたお心をケアするしくみがほとんどありません。
最近ではペット火葬も増えては参りましたが、
お骨を引き取ったものの、その後の方向性を決め兼ねる方が多くいらっしゃるのです。
中には癒されきれず、長期に亘り手元へ残される方もいらっしゃいます。
そこで、そんな方々が癒された後の更なる受け皿になれればと。そう考えた次第にございます。
― 確かに、ペットはご家族同様という方は多くいらっしゃいますからね。
ええ。文献を調べると、ペット葬の起源は縄文時代まで遡ります。
そこから我々が共に暮らした動物を手厚く葬るというのは、日本人としての気質なのだと知ることが出来ます。
そう言えば実験動物への供養塚なども、日本特有のものですね。
そうなんですか?弊社でも以前、供養塚のご依頼を受けたことがありますが・・・。
ええ。これには二つの心理が働いておりまして。
ひとつは「自己への罪悪感の解消」そしてもうひとつは「犠牲の上で成り立つ研究心を若い世代へと教える」ものです。
これは死を「穢れ」として捉え、尚且つ生命価値の上下を考えない日本人特有のものですね。
その証に、欧州などでは動物霊園は古くからあるものの、宗教性は非常に薄くなっておりますから。
| ■ どうぶつのおはか、である理由 |
― 矢田石材店との出会いのきっかけは?
当初は生命の円環を表した樹木葬を考えていたのですが、皆様の意見を取り入れる内、
本格的な納骨堂の方が良いのではとなりました。
しかし何件か石材業者様を拝見させて頂きましたが、商売気のお強い業者様もあったりして、辟易しておりました。
そんな折、兼ねてからの知人に薦めて頂きましたのが矢田石材店様でした。
ありがとうございます。
― 宜しければ決め手となった理由をお伺いできますか?
正直なお話、まずは矢田さんご自身のお人柄ですね。
お話しただけでもとても親身に、細やかな部分まで相談に乗って下さいました。
「ああ、この人なら、このお店なら大丈夫だ」と強い確信を持たせて頂き、
そのままお願い致しました。
― 矢田さん、その時はどんな石材をお持ちになったのですか?
そして『どうぶつのおはか』とすべて平仮名表記にすることで皆様の心を柔らかく安心させ、 また要所に生物をモチーフとすることで、子供たちにも親しみやすい印象を与えられればと、 顕正寺さまへご提案させて頂きました。
|
― デザインをご覧になって、いかがでしたか?
私の第一希望は、「自然な感覚を生かしたもの」でした。
表面は美しく磨かれる中で、裏面は敢えて石材本来の状態を残す形で表現して下さいましたので、
初めからコンセプト通りに進めて頂けました。
| ■ 震災を経て、語り継ぐべき存在の象徴へ |
― 今回は制作期間の途中で東日本大震災に見舞われ、遅延を余儀なくされましたが・・・。震災による石材への影響はどのようなものだったのですか?
|
石材の到着が遅れた事をご理解いただき、本当に助かりました。
私どもの寺院では、完成の暁にお稚児行列など祭事を予定しておりました。
未完成のまま祭事を執り行うか、それとも延期させるか非常に迷いました。
しかし折角の祝い事ですから、未完のままではいけないと延期の判断を下しました。
― 苦渋の決断でしたね。
いえ、確かに一時は関わる人々の心に暗雲も立ち込めましたが、
逆にそういった事もあり、周囲では「却ってドラマチックな展開じゃないか!」と仰って下さる方々も出ました。『どうぶつのおはか』が顕正寺に残る限り、たとえこのあと百年経とうとも、
『宮城県で震災を乗り越えた石』として後世へと語り継がれるでしょう。
| ■ 凝らしてこそ見える、細やかな心配り |
― 様々な困難を乗り越えつつの工事となりましたが、
矢田石材店の施工などはいかがでしたでしょうか?
一番感心致しましたのは細やか過ぎるほどの心配りですね。
土を掘り起こした際に我々は「(裏の)畑にでも置いて下さい」とだけ申し上げたのですが、
木の根や小石などを逐一非常に丁寧に選り分けて下さいまして。
正直、「あれ、そこまで丁寧にしなくてもいいのに」と思ったのですが(笑)
こういった細かい部分までして下さるのは凄いなとも思いましたね。
| ■ 花の咲く場所 |
― 除幕式も終え、皆様の反応はいかがでしたか?
「可愛らしい」と言って頂いております。
ただ、入り口に近過ぎてしまった為か、当初は帰り際に気付く方が多かったです。
しかし最近は芸術家でもある私の妻が、少しずつ整備を致しておりまして、柵や花などで少しずつ明るさを増やし、
皆様に僅かでも安らかなお心で納骨をして頂ければと考えている次第でございます。

鉄柵には、眠る動物たちの名前を刻んだプレートの存在も。
| ■ 生命の大切さを識る手助けを |
― 最後に、今後の顕正寺さまの方向性などを伺っても宜しいですか?
動物塚もその一環ではございますが、基本的には『子どもが気軽に立ち寄れる場所』でありたいですね。
例えば可愛がっていた動物が亡くなった時に、適当に埋めてしまったり、
まして生ゴミ扱いなどさせたくありません。
きちんと納骨し、遊びに来たついでに手を合わせていける。そんな環境を作っておけば、
子ども達の心の中に生命への大切さが育まれていくのではないでしょうか。
そしてそのような施設に、私どもがなっていければと、考える次第でございます。
― 本日は貴重なお話、有り難うございました。
※ 取材日時 2011年10月
他のお施主様のお話はこちらです
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(2011年6月)
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(2008年7月)
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(2008年6月)
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